あの頃思い描いていた看護師にはなれていなかった自分に気がついてしまった

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大家好!皆様こんにちは。ご無沙汰しております。美月です。

看護師の皆様は看護学生から看護師2年目くらいまでの間にかけて「あなたの看護観は?」なんて問われることが多かったのではないでしょうか。美月もその内の一人です。近頃は誰かに「看護観」を問われることも、美月自身がその言葉を遣うこともほとんどありませんでしたが、ある出来事がきっかけで自身の看護観を思い出しました。



とある部分が癌化してしまった終末期の患者様。その患者様はモルヒネ投与を行わなければならない程苦痛が増強している状態です。とても優しい患者様で美月のこともちゃんと評価してくださっていた大好きな患者様。ナースコールが頻回すぎて困ってしまうこともありましたが、それでも憎めないそんな患者様。

美月が夜勤で上記患者様を担当していた日の出来事。美月の病院の夜勤は看護師3人で行います。(どこの病院も大体そうだと思いますが。)一人で約20人の患者様を受け持ちます。急性期病棟ということもあり、夜勤業務は大変ハードです。一人ひとりの患者様に使える時間は限られていて、なかなか思うような看護を行うことは困難なことが多いです。そのような中で上記患者様からいつものようにナースコールで頻回に呼び出しがありました。正直に話すと、美月自身も頻回の呼び出しに疲れてしまうことがありましたが、この時ばかりはそのようなことを思うことはできませんでした。

訪室すると、患者様はいつにも増して辛そうに「しんどい…」と言うのです。モルヒネも頻回にフラッシュしている状況ですが、効きが悪くなっているのか「しんどい」と繰り返されます。その患者様は美月の手をがしっと掴み、離そうとしません。「握ってて…」辛そうにそう言うのです。私には患者様と同じ痛みや苦しみを共有することはできませんが、患者様が身の置き所がないほどの苦しみを感じていらっしゃるということをひしひしと感じました。「ほんの少しの間だけでもここに居なくては」と思いました。患者様の手を握り、ほんの少しの間側にいて不安な気持ちに少しでも寄り添えるよう努めました。

しかしながら、その時の私は純粋にその患者様のことだけを考えることはできませんでした。私の頭の中は「“働いている”という社会的なルール」が多くを占めていました。それは具体的に言うと業務を時間完結させること、複数の患者様の体調管理、全ての患者様の安全保持などを指します。そのため、その患者様だけに付きっきりというわけにはいかないのです。

5分ほど経過したときに私は患者様の手を離しました。「ごめんなさい。また来ますから。ゆっくり休んでください。」そう言い、患者様の部屋を後にしたのです。心の中で何度もごめんなさいと言いながら。最後まで私の手を握り締める患者様の手は力強かったことから、私は患者様の心を察することはできましたが、「“働いている”という社会的なルール」を優先させました。

その日の夜勤業務が終了したときに我に返り、「これは私がしたかった看護なのか?」そんな風に思ったのです。確か、私の看護観は「寄り添う」という言葉がキーワードであったはずだと思いだしました。

そのとき、私はいつしか思い描いていた看護師にはなれていなかった自分に気がついてしまったのです。



新人看護師の皆さまもいつか美月のように考えてしまうことがあるのかもしれません。そんな日はマカロンを食べて、可愛い猫さんを抱きしめて眠りましょう。

時には、思うように看護ができなかった自分を許すことも必要なのかもしれません。4年目看護師もまだまだ修行中の身です。そう、立ち直るために自分を許すことは重要。しかしながら看護師は考えることを止めてはいけないのです。考えることを止めてしまえばそれまでで、先に進むことはできません。できなかったで終わってはいけないのが看護なんだと思います。

そしてその後、美月はその患者様について癌の終末期で苦痛が増すとともに不安も増強したのだとアセスメントしました。身の置き所がない苦痛と不安を少しでも軽減させるには可能であれば夜間などの不安が増強しやすい時間帯に家人の付き添いを依頼する、またモルヒネの投与量について医師と相談することが今後重要になってくるのかなぁと考えました。

美月はとても弱い人間ですから、何度も立ち止まります。しかし、今後も考えることだけは止めずに、自分にできることは何かを常に考えられる人でありたいと思います。

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